登場人物
- 瀬相馬圭介(そうま けいすけ)……39歳、元・広告代理店勤務、現在はフリーの企画屋。口は達者だが詰めが甘い。渋谷系の残り香みたいな服をまだ着る。とっさに「それ、企画になります」と言ってしまう癖がある。
- 水原奈央(みずはら なお)……38歳、杉並区役所・文化振興課勤務。現実的でしっかり者。だが家にはまだプリクラ帳と、デコりすぎたガラケーの充電器がある。感情は表に出さないが、実はかなり情に厚い。
- 篠堂本健太郎(どうもと けんたろう)……41歳、中野で小さな修理店を営む職人。MD、VHS、ラジカセ、ブラウン管テレビを蘇らせることに異常な情熱を燃やす。人付き合いは不器用だが、壊れたものには優しい。
- 橘早乙女真希(さおとめ まき)……37歳、深夜ラジオの構成作家。元インディーズバンドのボーカル。テンションと語彙が不安定で、話の途中で急に昔の着メロやバンド名の話を始める。mixi時代の黒歴史を大量に抱えている。
- 三上遼平(みかみ りょうへい)……40歳、東京を流すタクシードライバー。昔はバックダンサー志望だった。妙に身のこなしがいい。メール文面はいまだに半角カナ気味。都内の抜け道と、深夜2時のファミレス事情に詳しい。
イベント当日の朝、三鈴文化会館の階段には、開場前から人が並んでいた。
近所の常連、商店街のおじさん、真希のラジオリスナー、遼平のタクシー客、SNSで知った若い人、そして明らかに“自分の青春を確認しに来た顔”をした三十代後半から四十代前半の人たち。
曇り空の東京に、屋上だけ妙な期待の熱があった。
入口にはプリクラのキービジュアル。
中に入れば、MD試聴コーナー、黒歴史供養室、プロフィール帳展示、VHSで流れる昔の東京の街並み、ガラケーのモックアップ、ブラウン管テレビの壁、そして「未来が微妙なら、屋上でなんかやってください」と書かれたパネル。
人は笑い、立ち止まり、誰かと話し始めた。
「うわ、これ昔使ってた」
「待って、その機種、元カレが持ってた」
「この着メロわかる!」
その“わかる”の連鎖は、音楽フェスとも美術展とも違う、もっと生活に近い熱気だった。
奈央は受付で人をさばきながら、何度も目頭が熱くなるのをごまかした。
圭介はあちこちで説明し、真希は会場アナウンスで妙に名調子を発揮し、健太郎は機材トラブルを潰し続け、遼平は気づけば子どもたちにブラウン管の仕組みを実演していた。
五人とも、忙しすぎて感動する暇がない。
でもたぶん、こういう日の幸福はそのくらいがちょうどいい。
昼すぎ、ビルの買い手だという不動産会社の担当者がやって来た。
スーツ姿で、いかにも採算を見る目をしていた。
圭介は身構えたが、相手は会場を一周したあと、意外そうに言った。
「……想像していたより、ずっと人がいますね」
「いますよ」と奈央がきっぱり言う。
「ここ、空いてる建物じゃなくて、空きかけてただけなんです」
その言い方は、公務員らしくないくらい感情があった。
担当者はしばらく考え込み、大家の雪江と話した。
すぐに結論は出なかった。
ただ、少なくとも“即売却で更地へ”という流れは、その場で止まった。
それだけで十分だった。
東京の奇跡は、たいてい大逆転ではない。
少しだけ猶予が延びる。
少しだけ、見方が変わる。
その“少しだけ”を積み重ねるしかない街だ。
夕方、屋上の一角で、健太郎の昔のデモ音源が流れた。
真希が勝手にプログラムに入れていたのだ。
「おい!」
「いいから聞け、二〇〇四年のおまえ!」
ざらついたギターと、若くて不器用な歌声が東京の上に広がる。
会場の何人かが足を止め、誰かが「こういうの、昔TSUTAYAで偶然借りたコンピに入ってそう」と言って、みんなが笑った。
健太郎は耳まで赤くなりながら、それでも少しうれしそうだった。
日が落ちるころ、最初のMD録音を聞く小さな上映会が始まった。
二〇〇一年の知らない誰かの声が、二〇二六年の屋上にまた流れる。
《もし未来が微妙なら、屋上でなんかやってください》
今度は、会場にいた大勢が笑って、そして少しだけ静かになった。
その静けさは、寂しさではなかった。
“わかる”のあとに来る、あの短い優しい無音だった。
イベント終了後、五人は客のいなくなった屋上に座り込んだ。
テープは垂れ、ポスターは少し剥がれ、机の上には差し入れの缶コーヒーと余ったラムネ。
最高に文化祭のあとだった。
「で、これ終わり?」と遼平。
「いや、月一で続けたい」と圭介。
「許可関係、私が死ぬ」と奈央。
「でもやるんでしょ?」と真希。
健太郎は少し考えてから、修理したMDデッキの前に座った。
新しいディスクを入れ、録音ボタンを押す。
「何話す?」
誰も決めていなかったから、最初の一言は圭介が言った。
「二〇四六年へ」
真希が笑う。奈央が小さく息を吐く。遼平が夜景を見る。健太郎がレベルメーターを確かめる。
そして五人は、未来の誰かに向けて、今の自分たちの声を吹き込んだ。
東京は相変わらず速い。
家賃は高いし、電車は混むし、みんな忙しい。
だけど、止まらない街だからこそ、たまに立ち止まる場所がいる。
三鈴文化会館の屋上は、そういう場所になりかけていた。
青春は戻らない。
でも、笑いながら持ち直すことはできる。
1980年代生まれの大人たちは、それを“エモい”と呼ぶ前から、たぶんずっと知っていた。

