AIサスペンス『雪の終駅』2/7話 「小樽の灯は海より冷たい」

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登場人物

  • 朝倉慎吾……札幌の地方紙記者
  • 冬森梓……道警の刑事
  • 遠野紗英……小樽でバーを営む女
  • 小野寺泰造……新得に暮らす元駅長
  • 鳥羽颯太……失踪した姉を二十年探している除雪車運転手

小樽の運河は、観光案内ではたいそうロマンチックに扱われるが、地元の人間に言わせれば、冬の海風にさらされた石畳は、恋心より先に膝を悪くする場所である。
その運河から一本入った路地に、バー『青い灯』はあった。昼間はただの古びた木造家屋にしか見えないが、夜になると青い裸電球が点り、傷を隠さない女みたいな店になる。

遠野紗英は、四十を少し越えたばかりに見えた。整った顔立ちというより、崩れ方に品のある女だった。笑うときにだけ、目尻に若い頃の無理が覗く。

「中村さんが死んだって?」

朝倉が写真を出すと、紗英はグラスを拭く手を止めた。だが驚いたのは一瞬で、すぐに長い睫毛を伏せた。

「この写真、どこで」 「遺体のそばにありました。あなたですよね、後ろに写ってるの」 「似てる女は、北海道じゅうにいるわ。寒い土地じゃ、みんな同じ顔になる」

酒場の冗談としては上等だったが、答えにはなっていない。冬森が警察手帳を見せると、紗英は小さく肩をすくめた。

「二十年前、私は札幌のクラブでピアノを弾いてた。鳥羽雪乃も知ってる。歌のうまい子だった」 「親しかった?」 「女同士の“親しい”ほど、当てにならないものはないわ」

朝倉は店内を見回した。壁に古い鉄道写真が飾られている。中村礼一が置いていったものだという。そのひとつに、雪の駅があった。新得。狩勝峠の麓である。

「中村さんは、最近あなたに何か言っていましたか」 「昔のネガが見つかったって騒いでた。金になるぞ、って。年を取るとね、思い出まで質草にしたがるの」

紗英はそこまで言ってから、ふいに朝倉を見た。
「あんた、北光新聞の朝倉さんでしょう」 「ええ」 「お父さん、勇作さんだったわね」

朝倉の背筋を、細い氷が一本、ゆっくり降りていった。
父・勇作は三年前に死んでいる。社では古い政治部記者として通っていた。雪乃失踪の頃は、札幌支局で社会面も書いていたはずだ。

「父を知ってるんですか」 「仕事で何度か。口の重い、いやな記者だった」 「褒め言葉ですか」 「新聞屋には、たいていそうよ」

その夜、新得では元駅長の小野寺泰造が、居間の電話に出ていた。
雑音の向こうで、女とも男ともつかぬ声が言う。

「もう黙っていられませんよね、小野寺さん。あの夜、ホームにいたのはあなたです」

小野寺は受話器を握ったまま、しばらく返事をしなかった。
窓の外には、踏切のない町外れの雪原が、月明かりに白く光っている。
やがて彼は、ひどく年寄りらしい声で言った。

「……今ごろになって、列車を着かせるつもりか」

電話は切れた。
その直後、庭で、雪を踏む音がした。

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