登場人物
- 朝倉慎吾……札幌の地方紙記者
- 冬森梓……道警の刑事
- 遠野紗英……小樽でバーを営む女
- 小野寺泰造……新得に暮らす元駅長
- 鳥羽颯太……失踪した姉を二十年探している除雪車運転手
札幌へ戻った朝倉は、会社の資料室に潜り込んだ。古い縮刷版の紙は、冬の病院みたいな匂いがする。
二十年前三月の紙面には、鳥羽雪乃失踪の記事が、小さく、まるで広告の余白を埋めるみたいに載っていた。署名はない。しかし、同じ日の政治面には黒木敬介の談話記事が大きく出ている。担当記者は――朝倉勇作。
「親父め」
思わず漏れた独り言が、書架のあいだで乾いた。
記者という商売は、真実を書くのではなく、書いてよい真実を選ぶ仕事だ、と父は酒の席で言ったことがある。朝倉はその言葉をずっと軽蔑してきたが、いま思えば、軽蔑できるうちはまだ息子だったのだ。
その日の夕方、鳥羽颯太が札幌へやって来た。雪焼けした頬に、二十年分の我慢を塗り重ねたような顔つきだった。
喫茶店で会うなり、彼は通帳を差し出した。毎月五万円、差出人不明の振込が十五年近く続いている。先月で止まったという。
「姉が送ってるんだと思ってました」 「なぜ警察に」 「笑われると思った。死人から仕送りが来るなんて」
冬森は通帳の入金元を調べに席を立った。
朝倉と颯太が二人きりになると、若い男は窓の外を見たまま言った。
「姉ちゃん、歌うときだけ、いい嘘をつく人だったんです。貧乏も、男運の悪さも、歌ってるあいだは全部ましなものに聞こえた。だから俺は、事故じゃないなら、せめて誰かに思われて消えたんだと思いたかった」
その夜、小野寺泰造が死んだ。
自宅裏の物置小屋で、ストーブもつけずに倒れていた。検視では一酸化炭素中毒。事故に見えなくもないが、警察はそうは見なかった。物置の床に争った跡があり、棚の引き出しが荒らされていたからだ。
小野寺の上着の内ポケットから、札幌駅のコインロッカーの鍵が出た。
朝倉と冬森が開けると、中には古い赤い旅行鞄がひとつ。写真の中と同じ鞄だった。
だが中身は空ではない。下着や化粧品の下に、一本のカセットテープが隠されていた。
古びたラジカセで再生すると、砂嵐のあとに、女の声が流れた。
「……もし、これを誰かが聞いているなら、わたしはもう逃げきれなかったんでしょう。
鳥羽雪乃を死なせたのは、わたしです。
遠野紗英――それが、わたしの名前です」
颯太が立ち上がった。椅子が倒れ、喫茶店の客が振り向く。
朝倉はテープを止めようとしたが、冬森が首を振った。
雑音の向こうで、声はまだ続いていた。
「でも、殺したつもりはなかった。あの夜、わたしたちは――」
そこでテープは切れていた。

