登場人物
- 朝倉慎吾……札幌の地方紙記者
- 冬森梓……道警の刑事
- 遠野紗英……小樽でバーを営む女
- 小野寺泰造……新得に暮らす元駅長
- 鳥羽颯太……失踪した姉を二十年探している除雪車運転手
人が本当のことを言うときは、たいてい半分しか言わない。残り半分は、相手の顔色か、己の臆病に預ける。
遠野紗英は、まさにそういう話し方をした。
小樽の『青い灯』は休業札が下がっていたが、裏口は開いていた。店内に入ると、紗英はカウンターの奥で煙草を吸っていた。逃げるつもりなら、もっと荷物らしい荷物を持つはずだが、足元には何もない。観念している女の姿は、案外、旅支度に似る。
「テープ、聞いたのね」
冬森がうなずくと、紗英は灰を落とした。
「全部じゃないわ。あれは保険みたいなものだった」
朝倉が訊いた。
「中村礼一を殺したのも、あなたですか」 「……ええ」 「なぜ」 「あの人、写真を見つけたの。黒木と雪乃と、私が一緒に写ったやつ。金を出せば黙る、出さなきゃ鳥羽くんに送るって」
紗英は笑った。ひどく小さく、咳みたいに。
「人を殺す理由としては三流ね。でも、三流の人生しか生きてこなかった女には、それで充分だった」
彼女の話によれば、二十年前、雪乃は黒木敬介から金を受け取っていた。愛人手当などという甘いものではない。黒木の裏金の一部で、雪乃はそれをネタに手を切ろうとしていた。
「弟のためだった」と紗英は言った。颯太が子どもの頃、重い肺の病気をしていた。手術代が要る。雪乃は歌で稼いでも追いつかず、汚い金に手を出した。
「狩勝で列車が止まったとき、黒木が鞄を返せって迫った。雪乃は断った。私は止めた。そんな金で救われたって、後が地獄だって」 「それで揉み合いになった」 「ええ。でも、突き飛ばしたのは私じゃない」
冬森が目を細めた。
「なら誰が」 「黒木よ。あの男が雪乃の腕を掴んだ。雪乃が振りほどこうとして、足を滑らせた。私は袖を掴んだわ。でもコートだけが残った」
その言葉は、あまりに整いすぎていた。
朝倉は、きれいに並んだ証言ほど信用ならぬことを、記者として知っている。
「だったらなぜ、あなたは黙った」 紗英はしばらく答えず、店のピアノを見た。 「……私、雪乃が羨ましかったの。歌も、男をだめにする才能も、弟のために地獄へ行ける強さも。あの子が落ちた瞬間、最初に思ったのは“助けなきゃ”じゃなくて、“これで私が残る”だった。だから、私も同罪なの」
その夜、冬森のもとに鑑識から連絡が入った。
中村礼一の爪のあいだから、古い新聞紙の繊維が見つかったという。
しかもその紙質は、現在ほとんど使われていない、二十年前の北光新聞のものに近かった。
朝倉は受話器を置いた冬森の顔を見て、嫌な予感を覚えた。
親父は何を書かなかったのか。
そして何を、死ぬまで持っていたのか。

